「間宮林蔵海峡発見200年祭」7月26日開催 茨城・つくばみらい市

間宮林蔵海峡発見200年祭」7月26日開催 茨城つくばみらい市

 間宮海峡を発見したことで知られるつくばみらい市出身で江戸時代の探検家、間宮林蔵が同海峡を発見して今年で200年。郷土の英雄をたたえようと、7月26日、同市で「間宮林蔵海峡発見200年祭」が開かれる。実行委員会では「子供たちやつくばエクスプレス開業で転居してきた新住民にも郷土の英雄の業績を広く知ってほしい」と話している。(篠崎理)

 同市には平成5年、「間宮林蔵記念館」がオープン。翌年、同市と林蔵とゆかりがある北海道稚内市で没後150年忌の法要が行われたことを機に、それぞれ「間宮林蔵顕彰会」が設立された。

 間宮海峡発見から200年にあたる今年、林蔵の偉業や歴史、文化を後世に伝えようとの機運が市内で急速に高まった。

 これを受け、4月には顕彰会と市などが合同で実行委員会を結成。これまでの3回の会合で、200年祭のスケジュールなどを決めた。

 イベントは2部構成。午前の部では、林蔵が樺太に渡る前に死を覚悟して生前に建立した墓が残る専称寺で墓参りなどを実施する。

 午後の部は、近くの谷井田小体育館で同小や伊奈中の児童、生徒による林蔵の研究発表などが行われ、顕彰会会員らによる演劇「孤高の探検家間宮林蔵あれが海峡だ!」も上演される。

 さらに、林蔵太鼓保存会による「林蔵太鼓」の演奏や林蔵の業績展示、北海道の食材を使った「林蔵鍋」が振る舞われる。

 つくばみらい市生涯学習課、吉田弘之課長の話「多くの人に林蔵の偉大な功績を知ってもらうだけでなく、今の子供たちに欠ける使命感について考えるきっかけにしてほしい」

     ◇

 間宮林蔵は1780(安永9)年、上平柳村(つくばみらい市上平柳)の農家に生まれた。13歳のときに筑波山で立身出世を祈願。21歳で測量士の伊能忠敬と師弟関係を結び、24歳で東蝦夷地や南千島などの測量を行った。

 その後、択捉島樺太の測量に携わり、1809(文化6)年、30歳のときに樺太と大陸間には海峡があり樺太が島であることを確認。後にドイツの博物学者、シーボルトが翻訳した「日本辺境略図」で間宮海峡(まみやのせと)として初めて世界に紹介された。現在、世界地図に名前が残る唯一の日本人として知られる。

6月27日8時1分配信 産経新聞


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